生成AIの熱狂の裏側に潜む「優生学」の影
2024年にOpenAIがテキストから動画を生成するモデル「Sora」を一般公開したとき、映像ディレクターのヴァレリー・ヴィーチもその一人として興味を持ち、AI生成コンテンツを共有するオンラインコミュニティに参加した。
しかし彼女がそこで目にしたのは、衝撃的な光景だった。明示的に指示していないにもかかわらず、AIは人種差別的・性差別的なコンテンツを次々と生成した。さらに驚いたのは、AI熱狂者たちがそうした「毒」を吐き出すシステムを全く問題視していなかったことだ。
この体験がヴィーチを生成AIの実験から遠ざけ、同時に新たな探求へと駆り立てた——それが現在公開中のドキュメンタリー『Ghost in the Machine』(Independent Lens)だ。
「人工知能」という言葉自体がマーケティング用語
ヴィーチが最初に切り込むのは、「人工知能(Artificial Intelligence)」という言葉そのものだ。
「AIという言葉を使うなら、その意味をきちんと理解しなければならない。実はこの言葉、何の意味もない。マーケティング用語だし、ずっとそうだった」とヴィーチはインタビューで語る。
「AI」という語は1956年、計算機科学者のジョン・マッカーシーが研究資金を獲得するために作った造語だ。本作はこの事実を一つの通過点に過ぎないとして扱い、物語の起点をさらに100年近くさかのぼる。
ビクトリア朝の優生学から現代の機械学習へ
本作が掘り起こすのは、チャールズ・ダーウィンのいとこにあたるフランシス・ゴルトン(Francis Galton)だ。ゴルトンは19世紀後半に優生学(Eugenics)を創始した人物で、「劣等な」(すなわち非白人の)人種を排除することで人類を「改善」できるという、今日では完全に否定された人種差別的思想を体系化した。
ゴルトンは学術的にも一定の功績を残しているが、ヴィーチはその白人至上主義的信念が当時の社会科学全体に深く影響を与えたという事実を矮小化すべきではないと強調する。
特に重要なのがゴルトンの教え子・カール・ピアソン(Karl Pearson)との関係だ。ゴルトンが多次元モデリングの手法を開発したのは、アフリカ人女性とヨーロッパ人女性の「魅力度」を測定しようとしたことがきっかけだった。ピアソンはこの手法を継承・発展させ、ロジスティック回帰(Logistic Regression)を含む統計的ツール群を開発した。このロジスティック回帰こそ、現代の機械学習を支える根幹技術の一つである。
なぜ今、この歴史を掘り起こすのか
『Ghost in the Machine』が問いかけるのは、AI加速主義者たちが唱える「もうすぐ社会に恩恵をもたらす」という約束ではない。現在の技術がなぜこういう動作をするのか、その歴史的背景を理解させることにある。
日本でも生成AIの導入が急速に進む中、ツールの便利さだけに目を向けず、その設計思想や学習データに潜む偏見・差別をどう扱うかは、開発者・利用者双方に突きつけられた問いだ。ヴィーチの作品は、熱狂の中で見落とされがちなその問いを、歴史の視点から鋭く照らし出している。